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【ローレンス ジェンキン スペクタクル メーカー】誕生まで〜後編〜

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ローレンス ジェンキンは1996年の引退後、『自分は眼鏡業界にお世話になったので、眼鏡を通じて人助けをしたい』という思いから、英オックスフォード大学のジョッシュ・シルバー(Josh Silver)教授の協力のもと彼はボランティア活動を始める。

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教授が発明した『油圧式レンズ』は、特別な訓練なしに自分の視力にあった度数を調節出来る画期的なものだった。これを『adspecs』という眼鏡の形にし、医師不足や貧困で眼鏡が普及していないアフリカやインドなどに配布したのだった。ローレンスは自分の家を売り、私財を投じ、ボランティアを続け、『adspecs』は今も世界中に広がり続けている。

2000年、ローレンスの弟Tony Jenkin(トニージェンキン)に会社の権利を譲る。Anglo American Opticalに再び社名も変更となった。ブランドは現在もトニーによって継続中である。

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2005年夏、ブリンクバイヤー荒岡は共通の友人を介して、ローレンスと初めて対面した。そのときローレンスは『一度は眼鏡業界を退いたが、また眼鏡を作っても良いかなとも思う』『しかし、イギリスでは熟練したアセテート眼鏡の職人はほとんど引退していて、生産は難しい』と語っていた。

その後、2009年にイギリスの老舗工房アルガワークスの地下を間借りし、アセテートを作る機械を少しずつ集め、再スタートに向け着々と準備を始める。

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荒岡は7年ぶりに連絡をとって彼と再会した。彼は話の中でこう述べた。『Design is never finished.』彼は71歳になった今もデザイナーとしてまだまだ新しいものを求め続けていたのだ。

3〜40年前のアングロアメリカン時代にデザインしていた時から、様々な人生経験を積んだ今、彼はどんな思いでデザインをするのだろう?そんな思いで荒岡が口説き続け、ついに今年”LAWRENCE JENKIN SPECTACLE MAKER”が誕生した。

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ローレンスの眼鏡はトレンド会わせたデザインではなく、シンプルながらもしっかりとした個性が垣間見える。あたたかみのあるオールハンドメイドの質感もまた魅力的だ。

今後もきっと、ローレンスの進化し続けるデザインには驚かされることだろう。

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